今日松江にて、少人数による神話についての勉強会があり、参加してきました。講師は県立古代出雲歴史博物館の専門学芸員の森田さん。
昨日と今日の2日間にわたって行われたこの小規模講演会は、松江しんじ湖温泉駅隣の喫茶店「フルール」にて行われ、この温泉街圏域で温泉旅館に泊まられたお客さんが、気軽にこの喫茶店に立ち寄り、出雲神話について話が聞けたらいいな、という発想から試験的に行われたもの。で、私は今日だけの参加でしたが、昨日は10人くらいの集まり、今日はと言うと6人、しかも神仏霊場関係者(笑)ま、身内だけの気楽な講演会といった感じです。
で、その内容について、古事記も日本書紀も読んだことない自分にとっては色んな発見があったので、備忘のために残そうと思って久々のブログアップの段に到ったわけです(冷汗)
昨日のお話は、古事記と日本書紀の性質の違いのような話であったそうだが、今日は具体的に素戔嗚尊(スサノオノミコト)にしぼって話されました。素戔嗚尊はご存じ、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)退治のヒーローとして登場しますが、全国的にはどんなイメージで捉えられているかわかりませんが、少なくとも出雲地方では荒くれ者で有名。
父であるイザナギを困らせ、姉である天照(アマテラス)を困らせて(怒らせて)しまって天照は岩屋戸に隠れてしまい、世の中は暗闇になった話も有名。この一件が落ち着いたところでスサノオは地上世界に追放され、降り立った地が出雲の地。そしてオロチ退治と話は続くが、このようなスサノオにも、古事記と日本書紀、全国的にも稀に見る、ほぼ完全な形で残されている出雲の風土記、これら3つの古代歴史書にでてくるスサノオはそれぞれ違った形で登場するという。ここからが私が興味を魅かれた話。
古事記に出てくるスサノオは、大体のストーリーは先述の通りだが、父イザナギから海原を治めよという命令をだされるが、スサノオはそれを拒み、足をバタバタさせて泣き喚き、母のいる根の国に行きたいという(この場合の母はイザナミになるのかと言ったらそうではないと思うが)。それで根負けした父イザナギは「好きにせよ」と言って息子を追放するわけで。
又、オロチ退治をした折に尻尾を切ったらでてきたという見事な剣、いわゆる草薙の剣を、追放されたはずの天上に奉る。
こういった姿のスサノオは、何か今でいうワンパクガキ大将にも見えてくる。
一方日本書紀では「無道」と記されるくらい、悪者扱いにされる。オロチ退治は同じように出てくるが、とにかく悪者になっているようだ。
そして出雲國風土記には、ゲゲゲで有名な安来の地名の由来にまつわるエピソードとして、「我ここに来て心安らかなり(原文ではありませんのであしからず)」と言ってみたり、クシイナダヒメと夫婦の契りを結んだ須賀の地で「わが心すがすがし」と言ったり。他にも3つくらいのエピソードがあるが、非常に穏やかな感じのイメージ。
これは私的意見だが、これらのことを踏まえて読み取れるのは、それぞれの書物の制作当時の政治情勢によって、神話も色んな話しになってくるのだなぁと。
ただ、講演が終わったあとのフリートークでの話でしたが、実話と違って神話はロマン的要素がでているので、色んな見方ができる。だからある人物を対象にしても、その見方は色々な見方で見ることができる。極端に言えばヒーローに見えたのが悪人になったり。はっきりした実話を基にした話はもちろん現実そのものを表現しているので自分に置き換えてみることができ、面白いかもしれないが、現代の価値観では考えられないような神話の世界では、そのアヤフヤ加減がまた色んな発想豊かになって、話も色んな話をつくれるので面白い、ということになるのである。案外、今の日本人に求められているのは、この発想力豊かな人間性なのかもしれません。
そして話は県の観光産業へ。
来年は古事記編纂1300年にあたる年なので、それに向けて県も様々な事業を展開しております。http://www.shimane-shinwa.jp/
ただ、県がこれを機に観光名所としようとしているのは、古事記日本書紀に出てくる土地を廻るツアーとか。でも神話だからはっきりしない部分もあるし、はっきりしている地域に行ったとしても、そこにあるのは出雲大社のような大きな神殿があるわけでもなく、ただの古くなった祠があったりとか、しめ縄でくくられた岩や木であったり。或いはまわりの田舎の自然豊かな風景であったり。ま、聖地を選定するのは難しいでしょう。ま、今流行のパワースポットブームに乗っかれば一時的には日の目を浴びることができるであろうが。だけどそれを持続することは難しいだろう。
だって、例えばお釈迦様の聖地は、お生まれになったルンビニ、覚りを開かれたブッダガヤ、初めて説法されたサールナート、涅槃に入られたクシナガラなど、はっきりしたものが残っているので聖地化しやすい。弘法大師にしても、お生まれになった四国は讃岐の国、真言密教の伝授を受けた唐の都長安(現西安)の青龍寺。日本に帰って密教を広めた京都高尾や東寺、或いは密教道場を築き上げられた高野山などが、確固たるお大師さんの聖地になってるわけです。
ところが古事記日本書紀にでてくる出雲神話を聖地化するには、あまりにも漠然としすぎていて、難しいことがわかる。だから観光産業は発展しないのかな?ただ、私が思うに、神話にでてくる出雲圏域そのものが聖地ではないかと。
人はとかくはっきりした場所を求めがちです。例えば、「スサノオが降り立った場所は何処ですか?」とか、「オロチ退治をした場所はどこですか?」とか、ある特定の場所を聖地と崇めたがるのでしょう。ところが、出雲神話に本当に基づくならば、スサノオが降り立った場所は、出雲の斐伊川であり、広島の江の川であったり。で、それぞれの場所でオロチ退治伝説もあります。だから「ここ」という特定の場所は言えないのです。要はYesでもなければNoでもないのです。これが出雲のいいところ、出雲人の気質にもなってるかもしれませんね。
で、このような出雲人を、ご当地出雲弁にて表現するならば、「おんぼら」でしょうかね。おんぼらとした出雲人。いですね~。意味不明の方はどうぞググってください。ただし、ググった先のサイトでも、必ずしもこの表現が適切でないかもしれませんので、あしからず。この「おんぼらと」というのは、なかなか現代語訳にはしにくいですね。
そう言えばさっきのフリートークでこんな話も出ました。スサノオは島根の奥出雲とか邑智郡とか雲南とか須佐とか、中山間地域といわれる地域にでてくるわけです。新羅からきたという言われもありますが、基本山んちゅ。で、実はこれらの山々をつないでいたのもスサノオではないかと。降り立った地が斐伊川か江の川か一つとっても、江の川の上流の山と、斐伊川上流の鳥上山の二つの接点になってるのがスサノオになってくるのです。昔から山のある麓と、反対側の麓には、必ず交流できるような山道があったのです。今は荒れているところでも、昔はあったという言い伝えは今でも残っているので。一番わかりやすいのは広島県の三次から岡山県の新見、同じく岡山県の津山と、これら中国山地のど真ん中を突き抜ける線路があるというのも、やはり昔から交流があったからではないか。そしてそこに見え隠れしてくるのはスサノオの存在。ちなみに今はもうないが備後の国の風土記にもスサノオ伝説が載っているらしい。続日本紀に、「備後の国の風土記に曰く」という件があるそうな。
そんなロマンたっぷりの今日の夜でした。で、最後に宣伝。
今日お話しいただきました森田さんには、今度出雲國神仏霊場が主催する「おもてなし講座」でも講演をお願いしております。是非ご来場ください。面白いですよ~↓
http://www.shinbutsu.jp/178.html